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Lyla,
I rub your aching foot again.
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高く飛ぶための試練 その182
 人が移ろい、変わっていく姿にはいつも新鮮な気持ちを覚える。
 当たり前だけど、僕が感じる時間は僕だけのものじゃなく、誰に対しても同じように流れて、同じように何かを変えていくものなんだと、改めて関心してしまう。


 「誰かと出会って、人として関係がある限り物語は続く」
 
 僕らはいつも点で物を見てしまう。その瞬間、その時間、その日。何かを選択して、いつの日か後悔したとき、まるで選択をしたその日だけが悪いように思ってしまう。その日だけが間違えたんだって。
 でも選択した日から後悔する日までには、いつも時間がある。半年なり、一年なり。人生は試験問題みたいにすぐに答えを照らせるものじゃないから。
 だから本当にその日だけが悪かったのか?と思う。それから後悔する日までの時間も良くなかったから、結果的に後悔する自分に出会う羽目になってしまったんじゃないかって。きっとその日の自分は思ったはず。こっちにして、これからも頑張ろうって。明日の自分も、明後日の自分もそれにうなずいたはず。にもかかわらず、選択の日の自分にだけ責任があるように言ってしまうのは、可哀想だ。

 だから物事は線で見るようにしようと思う。
 線路の上を走る電車ではなく、軌跡を描く帚星でありたいから。


 電車でおばあちゃんとかに席をゆずる姿を見ると、ほっこりする。きっと、ゆずった人にとっては、おばあちゃんに対してしたアクションであっても、その光景を見た僕らにも小さな幸せが届く。ゆずった人はそんなことまで考えてないだろうけど。そんな小さな幸せを飛ばせる人は素晴らしいと思う。僕にはない人柄というか、力というか。地盤が違うんだろうなって思う。だから、僕には小さな幸せを飛ばすようなことはできないかもしれないけど、何かアクセントをつけれるような人間でありたいなぁなんて思う。


 「料理に合ったお皿を探すのか、お皿に合った料理を作るのか。」

 自分にとってそれが正解ならば、多分どちらでもいい選択になると思う。ただ、僕は後者でありたい。だって作ってからお皿を探すんじゃ、せっかくの料理が冷めてしまうもの。


 「それは流されてるんじゃなくて、自分が流してる」

 動かない日々やとうとうと過ぎていく時間に、まるで自分が流されているように思ってしまうけど、実は自分が止めずに流しているからかもしれない。流れを止めるな、なんて誰も言ってない。それは自分がしてること。


 芯がブレるブレないなんてものは、どの目線で見るかだけの事だと思う。

 僕なんて、初めは紙系のデザイン、その後はWeb系プログラマーで、今はテレビ局でHPを作っている。見る人が見れば、節操のないバラバラさ加減かもしれない。
 でも、僕には「おもしろくてかっこいいものを作って飯を食っていきたい」という芯がある。「え、ほ、に、へ」とバラバラなひらがなであっても、それは五十音っていう大きなひとまとまりの集合であって。もっと言えば、アルファベット、アラビア文字、漢字・・・一見、全部違う意味を持ったものであっても、それは「文字」というひとつの集合であって。
 僕が自信を持って「ブレない」って思えるのは、そう考えてるからで。芯に強さなんていらない。大きく、幅のある、柔らかな芯を持つことが大切だと思う。


 その人はその人で在り続ける。

 人は変わるし、どんどん成長も後退もしていく。でも、その人はその人で在り続ける。良しも悪しも。変わったとしても、変わり方がその人っぽいし、成長したとしてもその人だからできた成長で。変わったつもりでも、山を登ったつもりでも、きっと人はずっと同じところにいるんだろう。遠いお空の上から見れば。
 だからといって成長しようとすることや、変わろうとすることに意味がない訳じゃない。そこに自分らしさを持って登ることが重要で。
 隣の山を登る人を見て羨ましがる必要なんてない。それはその人の場所。僕には僕の場所がある。どれひとつとっても同じ山なんてないわけだから、登り方は自分で探して決めればいい。というか、それ以外に方法はないわけだから。


 これまた久しぶりに同期と会って、ほとんど話をする時間に費やして。話の内容は学生の頃とは変わっていくけど、ノリや空気は変わらない。
 相手の話を受けて、話すこともあれば、お互いあんまり繋がらない独立した話を交互に話したり。合間合間に質問が挟まって、う〜んと頭をひねる。お互いがお互いを「変わってる」と言い張ってやまずに、そのまま次回へまた持ち越す。

 僕は明日も線を描くし、その子も線を描く。他のみんなも。
 生活にラインを引いていく。輝ける日々も、輝けない日々も。
 そしてまた、ラインが交わる。
 会って、話して、その人の歩いてきた軌跡をのぞき込む。

 どうしてか、僕にはそれが全て輝いて見える。
 それは羨ましさとか、心地の悪いものじゃなくて。

 その輝きは、僕の中にある最も純粋な輝きなのかもしれない。
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