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I yearn for your red shoes.
Lyla,
I rub your aching foot again.
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高く飛ぶための試練 その181
 人が移ろい、変わっていく姿にはいつも新鮮な気持ちを覚える。
 当たり前だけど、僕が感じる時間は僕だけのものじゃなく、誰に対しても同じように流れて、同じように何かを変えていくものなんだと、改めて関心してしまう。

 
 価値観は価値観であって、それが全ての答えになっているものではなく。
 それはひとつの見方であって、誰かの答え。僕にとっての答えではない。昔の自分はそういうものにあまり関心を持たなかった。共感できないものを理解しても意味がないと思っていたからなのかもしれない。ひとつの読み物で、ひとつのフィクションで。部屋が寂しいからBGM代わりにテレビを付けているような、そんな流れては留まらないものだった気がする。
 でも社会人になってから、それが少し変わってきて。共感はできなくても理解はしたいと思うようになった。お愛想や社交辞令ではなく、幾分まじめに。誰かのヒストリーを感じることに揺れる心ができたのかもしれない。なすびを食べてる人に眉をひそめていた自分が、それを食べておいしそうに笑顔をこぼす姿に、自分も少し微笑んでしまう。


 自分を変えることは、簡単な気持ちの持ちようであっさりできるものなのか、それとも舞台骨から再構築する巨大なプロジェクトなのか。僕にとっての答えは後者になっている気がする。どこぞのお寺の改修工事のような、大げさで時間のかかること。何十年もの付き合いのあるこの怠け癖は、自分を変えるという事に対しても怠けようとする。
 だから強制的な方法を取る。やらなきゃならない状況に自分を追い込む。さじ加減はとても慎重に。やりすぎは体を壊してしまうことを経験したので、少しはコントロールできる。今できる最良の策はそれだと思っている。まだ若いんだから、少しくらいお尻を火傷したってすぐに治ってくれるはずだから。


 「 誰かに自分の弱さを見せることが出来ることが本当の強さ 」
 僕はそう思う。ブレず、頼らず、自分で解決していける人が強いように思えるけど、真理は違うと思う。人のエネルギー量はだいたい決まっている。自分で作り出すエネルギーがなくなってしまえば、誰かからもらわないとどうしようもなくなる。かっこ悪くても、情けなくても、惨めでも。自分の弱いところを見せて、力をもらえる人が強い人だと思う。
 僕はそれができていなくて。もちろん今も今までも色んな人に助けてもらっているけど、本当に深いところで助け合えるような二人であり得たかというと、なかなか難しくて。実はそれが何より格好が悪いことなのに。


 つり合わない二者択一をすることはやめようと思う。「仕事か家族か」とか「現実か夢か」とか。
 レストランに入れば、まず間違いなくメニューを店員さんが届けてくれる。そのメニューがあるから、僕らは料理を選べるし、迷えるし、比べることができる。結果、僕らは決断できる。
 前に進むためには、決断が必要で。その決断には選択が必要。その選択には選択肢が必要になる。僕らに手が二つあるのは、少なくとも二つの選択肢を持つことができるように、ってことだと思う。
 こうして手に取る二つは、釣り合ってないといけないと思う。仕事をしてるから家族を養えるし、家族が支えになるから仕事が出来る。現実があるから夢を抱けるし、夢があるから現実と向き合える。そんな隣り合わせな表裏一体をオセロのように扱うのは、やっぱりおかしい。僕らが手に取るのはゴルゴンゾーラのクリームソースか、オリーブオイルの海鮮パスタであるべきだと思う。どちらも捨てがたいけど。


 何を一番に大切にするかという質問には、気を付けないといけない。それは優先順位であって、唯一を決めていることじゃない。
 長いペナントレースを戦って、ジャイアンツが優勝したからといって、その他が弱かったかというとそうとは限らないもの。二位の阪神との差がたった0.5ゲームしかないのかもしれないわけだから。
 生きてる上で生まれる差なんて、ほとんどそれくらいのものだと思う。それを大きいととるか、小さいととるか。僕は小さいと思うようにする。何故かって、全部大切にしたいと思うから。


 僕は仕事や遊びや恋愛や・・・・そういう色んなレゴブロックを使って人生を制作しているんだと思っていた。様々な色の、様々な形をしたレゴで。人によって使うブロックもあれば、使わないブロックもある。それをバラバラ広げながら、形のない、人生ってものを、生活ってものを作っているんだと思ってた。
 でもひょっとすると、人生や生活ってものは、レゴで作る何かじゃなくて、そのレゴを広げているテーブルなのかもしれない。そう考えると、制作に使わないブロックも、僕の人生にはちゃんと存在してることになる。きっとそうなんだと思う。必要を感じなくても、人生の片隅で存在し続ける。今は使わなくなった青いブロックも、いつか何処かで使うかもしれない。使わなくても、ちょっと目に入るだけで、何だか幸せに、落ち着いたりできるかもしれない。そうであるなら、もっと大胆になれそうな気がして。


 久しぶりに後輩と会って、こういう事を思い出したり、初めてそう思ったり。
 割と一日中かけて人と話すもの久しぶりで、何だかのども痛くなったり。
 社会に出ると、こういう自分であっても、知らずうちに溜まっていくものもあるもんなんだなと実感したり。

 何より、時間を感じることが心地良かった。

 こうして明日も明後日もまた、みんな時間を溜めていく。
 落ちた砂の分だけ、僕らは変化する。
 そうしてふと、思い立っては誰かに会いに行く。
 そこに見えるのは、毎日見てる鏡の中の自分には映らない、
 頑張ったり、頑張らなかったりしながら過ごした時間。
 
 そんな時間を感じながら過ごす時間ほど、楽しいものはないような気がする。
| 高く飛ぶための試練 | 01:00 | comments(0) | - |
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