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I yearn for your red shoes.
Lyla,
I rub your aching foot again.
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高く飛ぶための試練 その182
 人が移ろい、変わっていく姿にはいつも新鮮な気持ちを覚える。
 当たり前だけど、僕が感じる時間は僕だけのものじゃなく、誰に対しても同じように流れて、同じように何かを変えていくものなんだと、改めて関心してしまう。


 「誰かと出会って、人として関係がある限り物語は続く」
 
 僕らはいつも点で物を見てしまう。その瞬間、その時間、その日。何かを選択して、いつの日か後悔したとき、まるで選択をしたその日だけが悪いように思ってしまう。その日だけが間違えたんだって。
 でも選択した日から後悔する日までには、いつも時間がある。半年なり、一年なり。人生は試験問題みたいにすぐに答えを照らせるものじゃないから。
 だから本当にその日だけが悪かったのか?と思う。それから後悔する日までの時間も良くなかったから、結果的に後悔する自分に出会う羽目になってしまったんじゃないかって。きっとその日の自分は思ったはず。こっちにして、これからも頑張ろうって。明日の自分も、明後日の自分もそれにうなずいたはず。にもかかわらず、選択の日の自分にだけ責任があるように言ってしまうのは、可哀想だ。

 だから物事は線で見るようにしようと思う。
 線路の上を走る電車ではなく、軌跡を描く帚星でありたいから。


 電車でおばあちゃんとかに席をゆずる姿を見ると、ほっこりする。きっと、ゆずった人にとっては、おばあちゃんに対してしたアクションであっても、その光景を見た僕らにも小さな幸せが届く。ゆずった人はそんなことまで考えてないだろうけど。そんな小さな幸せを飛ばせる人は素晴らしいと思う。僕にはない人柄というか、力というか。地盤が違うんだろうなって思う。だから、僕には小さな幸せを飛ばすようなことはできないかもしれないけど、何かアクセントをつけれるような人間でありたいなぁなんて思う。


 「料理に合ったお皿を探すのか、お皿に合った料理を作るのか。」

 自分にとってそれが正解ならば、多分どちらでもいい選択になると思う。ただ、僕は後者でありたい。だって作ってからお皿を探すんじゃ、せっかくの料理が冷めてしまうもの。


 「それは流されてるんじゃなくて、自分が流してる」

 動かない日々やとうとうと過ぎていく時間に、まるで自分が流されているように思ってしまうけど、実は自分が止めずに流しているからかもしれない。流れを止めるな、なんて誰も言ってない。それは自分がしてること。


 芯がブレるブレないなんてものは、どの目線で見るかだけの事だと思う。

 僕なんて、初めは紙系のデザイン、その後はWeb系プログラマーで、今はテレビ局でHPを作っている。見る人が見れば、節操のないバラバラさ加減かもしれない。
 でも、僕には「おもしろくてかっこいいものを作って飯を食っていきたい」という芯がある。「え、ほ、に、へ」とバラバラなひらがなであっても、それは五十音っていう大きなひとまとまりの集合であって。もっと言えば、アルファベット、アラビア文字、漢字・・・一見、全部違う意味を持ったものであっても、それは「文字」というひとつの集合であって。
 僕が自信を持って「ブレない」って思えるのは、そう考えてるからで。芯に強さなんていらない。大きく、幅のある、柔らかな芯を持つことが大切だと思う。


 その人はその人で在り続ける。

 人は変わるし、どんどん成長も後退もしていく。でも、その人はその人で在り続ける。良しも悪しも。変わったとしても、変わり方がその人っぽいし、成長したとしてもその人だからできた成長で。変わったつもりでも、山を登ったつもりでも、きっと人はずっと同じところにいるんだろう。遠いお空の上から見れば。
 だからといって成長しようとすることや、変わろうとすることに意味がない訳じゃない。そこに自分らしさを持って登ることが重要で。
 隣の山を登る人を見て羨ましがる必要なんてない。それはその人の場所。僕には僕の場所がある。どれひとつとっても同じ山なんてないわけだから、登り方は自分で探して決めればいい。というか、それ以外に方法はないわけだから。


 これまた久しぶりに同期と会って、ほとんど話をする時間に費やして。話の内容は学生の頃とは変わっていくけど、ノリや空気は変わらない。
 相手の話を受けて、話すこともあれば、お互いあんまり繋がらない独立した話を交互に話したり。合間合間に質問が挟まって、う〜んと頭をひねる。お互いがお互いを「変わってる」と言い張ってやまずに、そのまま次回へまた持ち越す。

 僕は明日も線を描くし、その子も線を描く。他のみんなも。
 生活にラインを引いていく。輝ける日々も、輝けない日々も。
 そしてまた、ラインが交わる。
 会って、話して、その人の歩いてきた軌跡をのぞき込む。

 どうしてか、僕にはそれが全て輝いて見える。
 それは羨ましさとか、心地の悪いものじゃなくて。

 その輝きは、僕の中にある最も純粋な輝きなのかもしれない。
| 高く飛ぶための試練 | 00:05 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その181
 人が移ろい、変わっていく姿にはいつも新鮮な気持ちを覚える。
 当たり前だけど、僕が感じる時間は僕だけのものじゃなく、誰に対しても同じように流れて、同じように何かを変えていくものなんだと、改めて関心してしまう。

 
 価値観は価値観であって、それが全ての答えになっているものではなく。
 それはひとつの見方であって、誰かの答え。僕にとっての答えではない。昔の自分はそういうものにあまり関心を持たなかった。共感できないものを理解しても意味がないと思っていたからなのかもしれない。ひとつの読み物で、ひとつのフィクションで。部屋が寂しいからBGM代わりにテレビを付けているような、そんな流れては留まらないものだった気がする。
 でも社会人になってから、それが少し変わってきて。共感はできなくても理解はしたいと思うようになった。お愛想や社交辞令ではなく、幾分まじめに。誰かのヒストリーを感じることに揺れる心ができたのかもしれない。なすびを食べてる人に眉をひそめていた自分が、それを食べておいしそうに笑顔をこぼす姿に、自分も少し微笑んでしまう。


 自分を変えることは、簡単な気持ちの持ちようであっさりできるものなのか、それとも舞台骨から再構築する巨大なプロジェクトなのか。僕にとっての答えは後者になっている気がする。どこぞのお寺の改修工事のような、大げさで時間のかかること。何十年もの付き合いのあるこの怠け癖は、自分を変えるという事に対しても怠けようとする。
 だから強制的な方法を取る。やらなきゃならない状況に自分を追い込む。さじ加減はとても慎重に。やりすぎは体を壊してしまうことを経験したので、少しはコントロールできる。今できる最良の策はそれだと思っている。まだ若いんだから、少しくらいお尻を火傷したってすぐに治ってくれるはずだから。


 「 誰かに自分の弱さを見せることが出来ることが本当の強さ 」
 僕はそう思う。ブレず、頼らず、自分で解決していける人が強いように思えるけど、真理は違うと思う。人のエネルギー量はだいたい決まっている。自分で作り出すエネルギーがなくなってしまえば、誰かからもらわないとどうしようもなくなる。かっこ悪くても、情けなくても、惨めでも。自分の弱いところを見せて、力をもらえる人が強い人だと思う。
 僕はそれができていなくて。もちろん今も今までも色んな人に助けてもらっているけど、本当に深いところで助け合えるような二人であり得たかというと、なかなか難しくて。実はそれが何より格好が悪いことなのに。


 つり合わない二者択一をすることはやめようと思う。「仕事か家族か」とか「現実か夢か」とか。
 レストランに入れば、まず間違いなくメニューを店員さんが届けてくれる。そのメニューがあるから、僕らは料理を選べるし、迷えるし、比べることができる。結果、僕らは決断できる。
 前に進むためには、決断が必要で。その決断には選択が必要。その選択には選択肢が必要になる。僕らに手が二つあるのは、少なくとも二つの選択肢を持つことができるように、ってことだと思う。
 こうして手に取る二つは、釣り合ってないといけないと思う。仕事をしてるから家族を養えるし、家族が支えになるから仕事が出来る。現実があるから夢を抱けるし、夢があるから現実と向き合える。そんな隣り合わせな表裏一体をオセロのように扱うのは、やっぱりおかしい。僕らが手に取るのはゴルゴンゾーラのクリームソースか、オリーブオイルの海鮮パスタであるべきだと思う。どちらも捨てがたいけど。


 何を一番に大切にするかという質問には、気を付けないといけない。それは優先順位であって、唯一を決めていることじゃない。
 長いペナントレースを戦って、ジャイアンツが優勝したからといって、その他が弱かったかというとそうとは限らないもの。二位の阪神との差がたった0.5ゲームしかないのかもしれないわけだから。
 生きてる上で生まれる差なんて、ほとんどそれくらいのものだと思う。それを大きいととるか、小さいととるか。僕は小さいと思うようにする。何故かって、全部大切にしたいと思うから。


 僕は仕事や遊びや恋愛や・・・・そういう色んなレゴブロックを使って人生を制作しているんだと思っていた。様々な色の、様々な形をしたレゴで。人によって使うブロックもあれば、使わないブロックもある。それをバラバラ広げながら、形のない、人生ってものを、生活ってものを作っているんだと思ってた。
 でもひょっとすると、人生や生活ってものは、レゴで作る何かじゃなくて、そのレゴを広げているテーブルなのかもしれない。そう考えると、制作に使わないブロックも、僕の人生にはちゃんと存在してることになる。きっとそうなんだと思う。必要を感じなくても、人生の片隅で存在し続ける。今は使わなくなった青いブロックも、いつか何処かで使うかもしれない。使わなくても、ちょっと目に入るだけで、何だか幸せに、落ち着いたりできるかもしれない。そうであるなら、もっと大胆になれそうな気がして。


 久しぶりに後輩と会って、こういう事を思い出したり、初めてそう思ったり。
 割と一日中かけて人と話すもの久しぶりで、何だかのども痛くなったり。
 社会に出ると、こういう自分であっても、知らずうちに溜まっていくものもあるもんなんだなと実感したり。

 何より、時間を感じることが心地良かった。

 こうして明日も明後日もまた、みんな時間を溜めていく。
 落ちた砂の分だけ、僕らは変化する。
 そうしてふと、思い立っては誰かに会いに行く。
 そこに見えるのは、毎日見てる鏡の中の自分には映らない、
 頑張ったり、頑張らなかったりしながら過ごした時間。
 
 そんな時間を感じながら過ごす時間ほど、楽しいものはないような気がする。
| 高く飛ぶための試練 | 01:00 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その180
 やっぱり、変化があるってことは素晴らしい。

 変わらないために、変わり続ける。

 変わり続ける自分を変えないために、変わり続ける。

 その変化がいいものなのか、わるいものなのか。

 結果的にはまだ分からない。

 きっとオセロのように、これからくるくる変わっていくことだろう。

 でも現時点でそれがいいものだと思うのなら、今日はそれでよし。

 明日もいいものだと思うなら、明日もよし。

 未来の自分の時間は、こんな今日の時間の積み重ねな訳だから、

 一日一日を過ごしていけば、いいだけの話で。

 うっとおしかった微分・積分も実は人生を語ってた。

 まるで計画性も実現性も感じられないものであったとしても、

 狙いと意志があるならば、そこにはちゃんと素敵な汗がある。


 早くも3速目に入ったギアボックスに嘶きを。
| 高く飛ぶための試練 | 22:37 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その179
 そろそろそんな時期かぁ〜っと。

 前回は5年ほど前。その前は・・・8年ほど前。正確なリズムではないけども、自分自身にかんしゃくが起きる。いわゆる”イッー!!”ってなる。”・・・・もうなんやねんっ!俺っ!”っていう感じで。

 だからといって、人に当たったり物に当たったりはしない。当たり前。

 前回、前々回は何故か髪を金髪にしてきた。ま、高校の時はすぐに戻して。

 どうも髪の毛にいくみたい、自己批判の矛先。

 それで少しスッとして、気持ちと頭が再起動された気になって。


 さて、今回はどうしてやろうかなぁと考えてて。

 社会人ですし、そうそう長い休みもないですし。金髪スッキリも耐性ができてきてるような気もしますし。もうこの方法は以前ほどの効果を期待できない。

 そこで妙案かと思ったのが・・・・坊主スッキリ。

 理由は以下の通り。

 勇気がいるけども、その分スッキリ度合いも高いはず。最近は坊主頭も多いし、スッキリの極みかもしれない。その分、色んなところに影響が出てくることもありうるけど・・・上手くやれば、なんとかできるかも。
 次は、我が家系にまつわる、由々しき未来。じいちゃんから親父、果ては叔父に至るまで・・・坊主にせずともスッキリな頭が、脈々と受け継がれてる(笑)。自分がそうなったら坊主にしようと思っていたので、もう早めにしとうこうかなって感じ。
 最後は、もうすぐ環境が変わる予定で。新たなステージへ自分を移行する。種火を作る段階から、やっとそれを大きくしていく段階。もちろん、それとは別に種火は作り続けるけども。そんな折りに、ちょうどいいかなぁって。

 ただ、似合うかどうかは難しいところ。美容師さんに聞いてみると、似合う条件があるそうで。列挙していくと・・・・・

 ・頭の形がいいこと
 ・色白よりは色黒
 ・背が低いよりは背が高い
 ・スリムよりは筋肉質

 ということらしい。中でもマストなのは、「頭の形が良いこと」らしい。絶壁の人はちょっと厳しいとか。ここは美容師さんいわく、クリアしている様子。
 それ以外は・・・色は白いし、線は細い。でも聞くにこれらは努力項目になるので、大丈夫ではないかとのこと。ま、危険度はあるものの・・・(笑)

 もうすぐ美容室へ行く予定。
 まだ検討中なので、座席につくまでどちらにするか分からないけど。


 思うに、この”イッー!!”ってのは多分こう・・・風で炎をいこらすように、普段のコツコツ積み重ねる感じじゃなくって、何かこう力技で強引にシャキッとさせようというか。一度揺すぶりを自分で自分自身に対して起こしてみようって事なのかもしれない。


 全ては積み重ねで。二段飛ばしも三段飛ばしも狙って出来る芸当じゃない。
 そういう”飛ばし芸”はちょっと神様の力を借りないとできない。
 きっとその神様は多分コツコツやってる奴がタイプなんだろう。 
 
 「 いっぱいアカンとこあるけど、この面においてはコイツなかなか真面目やん。」
 
 そう思ってくれた時に、さっと一段階段を引いてくれるんだろう。
 ただ、それは絶対じゃないし、人間同じ事をやり続けるのには難を要する。
 もっと言えば、本当は違うことをしたいのに、結果的に同じ事をしてることもある。
 そういうフラストレーションやストレスをグルンと解消したくなる。
 それが僕にとっての髪型変えなのかもしれない。
 オシャレうんぬんではなく、遊具として。
 

 どんなにケチャップオムライスが好きでも、何十回に一回は・・・・
 デミグラスソースで食したくなる。

 「 まぁまぁおいしいけど・・・やっぱりケチャップが一番やで。」

 そう言って、僕はまたオムライスにケチャップをかけ続ける。
 こうしてコツコツ同じ事を繰り返すために、
 デミグラスソースは存在しているのかもしれない。
 神様の「コイツなかなか真面目やん。」を待つために。
| 高く飛ぶための試練 | 23:06 | comments(2) | - |
高く飛ぶための試練 その178
 なんの縛りもなく、ことさら要求もなく、自由に遊べるものを作る。
 
 すごく楽しくて、良い時間を過ごせる。

 すぐに、ニタニタ笑う。

 僕にとって”満たされてる”というのはこうやって”ニタニタ”してる時。

 少し気味が悪いけど。


 かれこれ4年ほど、先輩や友人や後輩やらの誕生日に、自作のバースディカードをポストしている。年を重ねるごとに増えてしまい、今では十数名。始めは一人一人に個別のデザインを組む余裕があったけど、去年からは厳しくなって、春夏秋冬で区切って合計4パターンを1年で作っている。
 始めたきかっけは、学生時代になにか定期的にデザインめいたものを作る機会があればなぁと思ったのが最初。正直なところ、”祝う気持ち”が先立っての事じゃない。実際のところ、一石二鳥の二羽目の鳥が、その”祝う気持ち”になる。

 なんてか・・・”ついで”めいてる感じもあって、ちょっと失礼な気もするけど。
 もちろん、”祝う気持ち”も大きなモチベーション。
 送って、”届いたよ”メールがあれば嬉しいし、3/5に返信があるのもありがたい。
 ただこの二つのモチベーションや順番は、
 自分が行動する上で、とても正直で重要なことで。

 学生時代にアルバイトをしていた写真屋に、いつもリサイクル業者さんがやってきてた。なんのリサイクルかというと、使い捨てカメラのリサイクル。フィルムを撮りだして側だけになったカメラを引き取りに来る。いや、正確には仕入れに来る。もちろん、代金も発生する。その業者を利用しないと、産業廃棄物か、フィルムカメラ会社が有料で引き取る事になってたはず。

 さっきも言ったように、業者からすれば仕入れ。パン屋が小麦粉を仕入れてパンを作るように、使い捨てカメラの側を仕入れて、商品として何処かに納品する。

 それが結果として、リサイクルになっている。素晴らしく美しい循環。

 国が指導して行ったり、メンツの一面を担う形でやっていたり、単なるイメージ戦略でやっているリサイクルとは違う。誰でも普通に自分のためにやっていることが、知らないうちに誰かのためのギフトになる。リサイクル、リサイクルと意識することは決して悪い事じゃないし、進めるべきことだと思うけど、それによって我慢が生まれたり、窮屈になったりするようでは、やっぱり息苦しい。

 無意識の行いが人を傷つける。なんて、悲しいお話もあるけども。
 無意識の行いが、結果として人を喜ばせることもある。

 意識を持って行動することが求められる社会。
 気持ちのこもるこもらないでギクシャクしてしまう人間関係。
 
 それは紛れもない事実であり。起こっている現実であり。
 ただ、それはひとつの正解例であることを忘れちゃならない。
 それはただひとつの正解ではない。
 うだうだ考えず、計算せずにパッと行動することで打開できる局面もある。
 行動が、気持ちや意識を引っ張ってくれる事だってある。
 
 本来なら、誰かの誕生日をこまめに祝うような人間じゃない僕が、
 なんか作りたいな〜って気持ちが、それを引き出そうとする。
 デザインする上で、メッセージを考えたり、その人にまつわる思案をしたり。
 結果出来上がったものが、ささやかながら誰かを祝うことが出来て。
 ま、申し訳ないかな、たまに忙しい時は作れないこともあったけど(笑)
 いい循環になってるなぁって思う。


 2007年の”夏バージョン”を作り終えて
 何かを作った充実感と
 誰かを祝えるギフトに
 ニタつきはじめる
 夏の気味良い、宵涼み。
| 高く飛ぶための試練 | 23:54 | comments(2) | - |
高く飛ぶための試練 その177
 ブログを始めて、二年と少し。思ったことを書いて、表現して、自分に向かわせて。これがあると無いじゃ、生活が変わってくるような気もする。
 それ以上に、誰かのブログを読むのも日課になってて。友達のとか、どなたか分からないけど楽しい文を書く人のとか。同業者の人のブログを見ることも多い。
 そんな購読してるブログで”クリエイティブな生活を送る方法”というのが紹介されてて。このクリエイティブな気持ちってのはどんな業種であろうが、どんな生活を送っていようが、いいエッセンスになるような気がする。

 ではでは、和訳されたものを。

1.いつでも紙とペンを持ち歩こう
  
アイディアは浮かんでは消えていくもの。いつでも書き留められるようにしましょう。またノートを開いて空白のページを前にすると「何か書こうかな」と思うもの。なにげなくノートを開く習慣も付けてみるといいでしょう。

2.質問しよう!

 偉大なアイディアは偉大な質問から生まれるのです。いつでも疑問を持って意識的に効果的な質問を作れるようにしましょう。

3.本を読もう!

 本を読めば知識を得ることができますが、大事なのは「本を読めば読むほどいろんなことについて知りたくなる」という事実です。知識の連鎖を作り出していくもっとも簡単な方法は本を読むことです。

4.新しいことをやってみよう!

 あなたの心は庭のようなものです。手入れをしないと荒れてきてしまいます。常にみずみずしく保っているには新しい知識を仕入れましょう。なんでもかまいません。新しいスポーツをしてみる、新しい言語を学んでみる。新しい経験が新しい思考パターンを作ってくれるのです。

5.右脳と左脳の両方を使おう

マインドマップとかやってみると吉らしいです。

6.脳内会話をしよう!

成功哲学の大家、ナポレオン・ヒルはこの手法を使っていたそうです。
まず、机に偉人達が一緒に座っていることを想像します。そしてそこに座っている人(脳内に存在)に向かって会話をするそうです。「あの人だったらどうするかな?」は問題解決の第一歩。ちょっと恥ずかしいですが、やってみる価値はありそうです。


 知ってるものもあったり、ほぉ〜ってなるものもあったり。マインドマップは、ワークフローとかと一緒のものかと思っていたけど、調べると全然違うもので、新しい発見だった。色彩が与える刺激というのも新鮮。
 
 脳内会話は・・・なかなか難しそうな感じ(笑)でも、偉人ではないけど”誰かに話をしている”というシュチュエーションを想像しながら物事を考えることはしていたり。
 誰かに話す以上は、説得力がないといけないし、まとめないといけない。だからそれを想像しながら考えてると、アイディアや意見のフォーム形成がスムーズになる。リアクションを想定して考えてみるのも、フォローできるものなのかを実験できたり。ある意味、脳内会話してるのかもしれない。

 でも一番大切なのは、こういうことに出会った時にちょっとやってみようかなって思ったり、それを実行することで。それだけで昨日とは違う今日になる。誰かから引き起こす形じゃなく、自分から引き寄せる形で。

 そうして考えてると、最近あまり新しいことをしたり、取り入れたりしていない事を実感。ちょっとここらは変化をつける機会なのかもしれない。サークルに入ってみたり、お習い事してみたり。陶芸とか剣道とか、なんとなくおもしろそうで。
 
 思い立ったら吉日生活。
 思いつきは、普段思いつかない事だから、思いつき。
 きっとそこには、心をくすぐる悪戯がある。
 日々につけるエッセンスをクリエイティブの糧にして。
| 高く飛ぶための試練 | 21:13 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その176
 映画”花よりもなほ”より拝借。

 「 クソが餅に変わるってことかぁ!!」

 この映画の名台詞。

 ”仇討ちに藩が賞金を出していた時代に、父の仇討ちのために信州松本から江戸に出てきた若い武士が、父の仇を探す。ところが実は剣の腕がからきしダメ。貧しいながらも人情溢れる長屋で半年暮らすうち、あろうことか「仇討ちしない人生」もあることを知る。”

 という内容の映画。是枝監督作品で、岡田准一さんが主演。

 そんな貧乏長屋で暮らす人々の収入源として、かわや(トイレ)に溜まった排泄物を百姓に売る。百姓はそれを肥料として使うから。そうして得た銭で、長屋の住民は餅を買える。そしてまたそれを食って、餅に変える。

 これはひとつのメタファーとして、また、結果としてストーリーの布石になっていて。いい映画なので、内容を掘り下げるのは止めておくとして・・・・ただ、最後の方はいらないかなぁって思ったりもしたけど。

 つまりは、辛くて憎くて悲しい事だって、何か良いことに変わる。

 悲しい事から悲しい事しか生まれないんじゃあ、あんまりだよって。 
 人はそんな風に生きるもんじゃないんだから。

 
 人と恋愛の話をするのは割と好きで。誰に聞いても、それは必ずオリジナルで、答えのないものだから。だから、”これが答えなんだ”と、自分の経験をまるで全ての人の答えのように話す人が嫌い。少なくとも、あなたの中で生まれた方程式が、何故僕の中でも成り立つと言えるのか、証明してからにしてほしい。
 
 それはまぁそれとして。実はそれ以上に、”失恋話”をするのが好きで。
 先週も男1女2でそんな話。

 こう書いてしまうと、何とも趣味の悪い奴に聞こえるかもしれないけど・・・(笑)もちろん、それを聞いてほくそ笑むようなことはしない。あとまだ間近で、かさぶたの取れていない話は除くことにしてたり。それはどっちかというと恋愛話になるし、相談っぽくなって毛色が変わってしまうから。まぁそこは本人の裁量に任せて。

 失恋といっても、振るのもそう、振られるのもそう。恋を失った話。
 対対で話したり、四、五人で話したり。友達しかり、同僚しかり、上司しかり。
 思い出し笑いや、思い出し涙。
 当時の自分の 強がり 背伸び 後悔 誉れ 浅はかさ 切なさ
 どうしようもなかった決断。どうにかできたんじゃないかって決断。
 そこに共鳴したり、そこに憂いたり、そこに明日の糧を掴んだり。

 そこにはたくさんの苦悩と選択と、その人オリジナルの答えがあって。

 こういう事を興味を持って聞いたり話したりするのは、何処か不謹慎というか、もっと大切に扱うものというか・・・そういう風に思う人もいるかもしれないけど、僕はそうは思わなくて。

 そうして話してる人は、やっぱりそれを乗り越えた自分がいるからで。
 そん時に一生懸命に考えたその人がいたからで。
 答えを出して。答えと決めて。答えと信じて。
 時間が押してくれたのか、また別の誰かが押してくれたのかは分からないけど、
 今いるその人は、そこから前に進んだその人だから。

 そうして話す人々の目に、影ろいや移ろいが一瞬見え隠れするけども、
 やっぱりそれは一瞬で。遠くてノスタルジックな目であって。
 話が終われば、今ある近くを見て。先にいるはずの自分を見て。

 嫌な事も辛かった事も悲しい事も、もう今はひとつの物語になってる。
 共感できたり、自分を語るものになってたり、会話の種になってる。
 誰かを癒し、誰かを励ます。誰かと噛み締めて、笑いあえる。
 
 マイナスがマイナスのままで終わることはないんだって、教えてくれる。
 上澄みの、パッケージ感のあるキレイゴトじゃない、泥臭いキレイゴト。


 そんな”失恋話”にまだなり得てないものがひとつ。
 物語は白紙のまま、もう3ヶ月ほどページを刻んでる。

 今もなお、神様を殴ってやろうかと思う瞬間があったり。
 あんたがちょっと合わせてくれれば、他は全部合ってたのにって。
 あんたにはこうなることが分かってたんだから、止めといてくれよって。

 そんなバチ当たりな拳が、いつか餅になる日を
 固く握るんじゃなくて、優しく手を合わせてる日を
 巡らせめくる、白紙の物想い。
| 高く飛ぶための試練 | 19:36 | comments(2) | - |
高く飛ぶための試練 その175
 週始め、友達からフラッと紹介メールが。

「 E GOES to WORLD 」

 みんなの写真 × Mr.Children「 彩り 」
 みんなで作る、ミュージックビデオ・プロジェクト。

 何やら楽しそうな企画で、ついつい場所を問わずに見入ってしまった。
 一点アップロードしてみようかなぁと考え中。

 Mr.Childrenが作る音楽や世界というのは・・・というか、”Mr.Children”という存在は、もう好き嫌いの次元じゃないところにあるような気がする。老若男女とまではいかないけど、ほとんど邦楽を聞かない僕でも、必ず何処かで耳に入ってくる。そしていつの間にか、記憶のBGMになっていく。

 よく考えるとそれはすごいこと。
 Mr.Children を聴いてると、頭も心も巻き戻ししていく。

 そうやって記憶の裏打ちをしながらタイプしてると、一時期すごく聴いてたMr.Childrenの曲があったなぁって思い返して。でも、それがどんなタイトルだったか、メロディーも歌詞の断片も思い出せない。聴いてた割に・・・思い出せない。シングルだったか、それともアルバムの一曲だったか。

 思い立ったら吉日生活。
 思いつきは、普段思わない事だから、思いつき。
 きっとそこには、心をくすぐる悪戯がある。

 実家に戻ってから開けてない段ボールから、ずっと使ってないMDを取り出して、ちゃんと充電できるのか分からないMDプレイヤーに差し込み。
 再生ボタンを指で押して。ヘッドフォンを付けて。焦点をぼかす。
 記憶を覗く時間。


 このMDは、当時Mr.Childrenの大ファンだった彼女がくれたものだった。彼女セレクションの彼女メイド。順番も考えての贈り物。僕が今持っている、唯一のMr.Childrenの音源。
 大学一年生の僕は、その頃洋楽バカのパンク好き。特にアメリカのメロディアス・パンクに陶酔してて、大音量でビートの速いリズムに頭を振る。だからバラード調な音楽や邦楽にはほとんど見向きもせずに、そっぽを向いてた。少し小馬鹿にしてる感じもあったかもしれない。女ならともかく、若い男がMr.Childrenって・・・みたいなところ。

 結局、付き合ってた間にそのMDは一度しか聴いてない。
 理由は、適当な感想を言うため。
 有名なシングル曲じゃない、ファンならではのこだわりの選択曲を見つけて、
 「 こんな曲あるんや〜。初めて聴いた。」
 そう言えば喜ぶかな〜って。
 今にして思えば、そんな思惑も全部彼女には見えてたのかもしれない。
 「 でしょ〜? 」って顔で笑ってた。

 二人でいる間は、二歳年上の彼女の車で出かける事が多かった。
 旅行とかってことはしなかったけど。市街を回ったり、ちょっと県外いったり。
 車の中には、Mr.ChildrenのCDがずらり。
 僕は僕で、パンクロックが聴きたかったりして、いつも代わりばんこ。
 でもいつからか、申し合わせた訳でもないのに、パンクの曲ばかりになって。
 どこか僕が、興味のなさそうな顔をしてたからかもしれない。
 僕が新しいCDを入れる度、運転席の彼女はそのバンドの事を僕に質問してた。

 別れはあっけなく。
 涙目の、こごもった声で言われた「 じゃあね。」に
 「うん、分かった。」と答えたような感じだった。
 唐突で、少し腹も立ってたりして。
 それをあんまり悟られたくなくて、終わりの理由もちゃんと聞かなかった。
 始まりの理由も、なかったようなもんだったし、って
 関係を軽くするようなことも考えて。

 でもそんな強がりが続いたのは、たかだか数日で。

 どうしてもっと見てあげなかったんだろう。
 どうしてもっと気づいてあげなかったんだろう。
 どうしてもっと表してあげなかったんだろう。
 
 苦しむ時間が、生活を止めて。
 誕生日もクリスマスもなかったその四ヶ月間に
 一枚のMDと後悔だけが残って。

 その中の最後の曲だった。14番目の曲。当時の最新シングル曲。
 あまりに響きすぎて、記憶が隠そうとしてたのか。
 あの後、ずっとリピートして聴いてたのに。

 歌詞に救いや、励ましの言葉がある訳じゃない。
 前向きになれるような曲調でもない。
 歌や詩になれない、この感情と苦悩が
 五分弱、続いてるだけ。
 もう叶わない、どうしようもない願いを
 代わりに歌い上げてくれてるだけ。
 でもそれは、その止まった生活を
 五分弱、埋めてくれて。


 僕はつい見えもしないものに頼って逃げる
 君はすぐに形で示してほしいとごねる

 矛盾し合った幾つものことが正しさを主張しているよ
 愛するって奥が深いんだなぁ
 
 あぁ何処まで行けば解りあえるのだろう?
 歌や詩になれない この感情と苦悩
 君に触れていたい 痛みすら伴い歯痒くとも
 切なくとも 微笑みを 微笑みを

 愛という 素敵な嘘で騙してほしい

 自分だって思ってた人が また違う顔を見せるよ
 ねぇ それって君のせいかなぁ

 あと どのくらいすれば忘れられんのだろう?
 過去の自分に向けた この後悔と憎悪
 君に触れていたい 優しい胸の上で
 あの覚束ない子守唄を もう一度 もう一度

 昨日探し当てた場所に
 今日もジャンプしてみるけれど
 何故か NOT FOUND 今日は NOT FOUND

 ジェットコースターみたいに浮き沈み

 あぁ 何処まで行けば辿り着けるのだろう?
 目の前に積まれた この絶望と希望
 君に触れていたい 痛みすら伴い歯痒くとも
 切なくとも 微笑みを 微笑みを
 もう一度 微笑みを

 NOT FOUND / Mr.Children


 ”NOT FOUND”かぁ・・・・
 なかなか思い出せなかった事にもうなずきつつ(笑)
 やっぱり心をくすぐられた悪戯に
 気がつけば午前様の針を見て
 明日のカバンに古びたMDプレイヤーを入れながら
 いつかの苦悩に微笑みを。
| 高く飛ぶための試練 | 01:30 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その174
 いわゆるその・・・誰かのファンになったことがなくて。
 
 もちろん、すごいなぁとかいいなぁって思う人は色んなジャンルにたくさんいるけど、自分がその人達のファンであることを自認したことがないというか。

 どうなってたら「ファン」なんかな〜とか思ったり。

 学生の時にサークルの友達が何度か僕の部屋に来てて。そしてその僕の部屋の印象を、別のサークルの子に言ったそうで。その伝えられたことを、その子が僕に言ってくれて。それが、

 「 松本人志の本がいっぱいあった。ファンなんかなぁ?って言ってたよ。」

 と。その時に、あ、それってファンなんかなぁ〜と初めて気づき。


 自分で何かを生み出すってことは、結局は自分の中にあるものから生み出されるわけで。それを組み合わせたり、割って半分だけ使ったり、削って粉にしてまぶしてみたり。そうしてものは形成される。それは何もクリエイティブな事だけじゃなくって、どんな仕事も、恋愛も、会話も思いも価値観も全部。
 技術とか、経験とかってのは、それを仕上げるための道具みたいなもので、年を重ねる度に慣れてきて、老練になっていく。時間によって彫刻刀さばきは上手くなるし、質も変容していく。ただ、原材料は基本的には変わらない。

 その原材料が持って生まれたものとか、育ってきた環境で作られて。多分僕もそうだと思う。そして、その僕の原材料の成分を見ると、何パーセントかは”松本人志”が入っている。年少期に何が何でもって追っかけていた訳でもないけど、結果としてそうなってる。音楽を聴くように、松本人志が作る世界で笑い、刺激を受け、言葉を追っかけては理解を深め。それは別に僕の中で特別なものでもなくて、生活の中のサイクルの一要素のような感じだった。

 だから、そうやって友達に言われるまで”ファン”とかって意識を持ったことがなかった。「誰のファン?」って聞かれても、頭に”松本人志”や”ダウンタウン”は浮かばずに、時々のミュージシャンやタレントを適当に答えて。はっきりと意識してた訳じゃないけど、”テレビを観る”ことと、”ダウンタウンの番組を観る”ことは、何処か僕の中で別のことだった。

 本だったかフリートークだったか・・・中学生の頃に聞いた話。


 この間ね、不良で悪い事して少年院に何回も入ってた子がね、更正して後々牧師さんになったっていうドキュメンタリーを観てたんですよ。
 
 それを”偉いなぁ”とか”すごいなぁ”って言う人がいるでしょ?

 いやいや、そしたら初めから牧師になってる人の方が偉いやん、って話でね。


 これを聞いた時に笑ったと同時に”ホンマや!!”って思ってしまって(笑)なんか頭を殴られたような感覚で。物事って人の切り口によってどうにでも変わるんやなぁって。特にこの人は多勢の意見を分かった上で、それを壊すことで一つの価値観とか笑いを作ってる。だから次元が一つ多いというか。

 それから、一つのことを一つの目線だけで観るのはおもしろくないなぁって思うようになり。多分それは今も自分の中に息づく成分になってて。


 そんな松本さんが映画を作った。先週から公開の「 大日本人 」。早くも興行収入が1億円を突破し、チケットもなかなか取れない状況だとか。公開前にカンヌ映画祭に招待され、フランスはもとより世界からも高評価を受けた。
 このカンヌに関しては、本人も想定外で、完全に日本人向けに制作したものだから、評価が気になるところだったらしい。それが大いに受けた。
 これに関しては日本人として嬉しいような・・・少し寂しいような。ちょうど中国人が日本人だけが重宝してたマグロの旨さに気づいて大量消費され、日本でもなかなか食べにくくなってきたような・・・そんな感じ。みんなに気づかれてしまった、理解されてしまった〜って。


 この先も松本人志が作る世界で笑って刺激を受けて。

 わびさびあり。美しい自然あり。他をおもんばかる心あり。

 日本人で良かったと思う瞬間に、

 加えて松本人志の笑いあり。
| 高く飛ぶための試練 | 00:23 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その173
 「 大丈夫。」

 そう誰かに言う時、僕は一番真剣な顔をしてるような気がする。


 言葉に対して、やけに神経質な所があって。学校に出てない頃が特にひどく。自分にとって意味のない、中身のない、理路整然としていない会話がとても耳障りで、かんに障って仕方がなかった。いわゆる世間話の意味が分からず、オチのない話を延々としている風景が疎ましかった。

 テレビから流れる会話も、ミュージシャンの歌詞も、雑踏に溢れる声も。
 
 黒板をひっかいた時みたいに、眉が歪んでた。


 当時は状態が不安定だったせいか、自分自身はあまりおかしいとは思ってなかったけど、今考えると軽いノイローゼだったのかもしれない。心理学を学ぶ友達に後々その時の話をしたら、それに近い病気があるそうで。

 その時の僕の耳が許してたのは、洋楽・特にRadiohead。それに松本人志。洋楽は単純に英語をそこまで理解できないからって理由で、松本人志の作る世界はこの世で一番筋が通ってて、無駄がなかった。ずっと笑っていられた。

 それから、特にそれをおかしいと思っていなかったせいか、普段の生活にも支障をきたさない程度になり、いわゆる普通の会話もできるようになった。戻ってからできた友達が、自分と似てたせいか、割と楽しんで日常会話が自分の中に広がって。その後に入ったサークルも、何処かリハビリのような役割を果たしていたのかもしれない。とにかく、おかしいと意識しなかったことが良かったみたい。


 でも今でもその片鱗が見え隠れする時があって。

 例えば、「人それぞれやん」って何かと言う人。どうってことのない、例えばみんなでワイワイ「血液型で性格」みたいな話をしてる時に、なんかちょっと大人にまとめようかってな感じで、

 「 人それぞれやからな〜 」

 って・・・。いや、そんなことみんな分かってる訳で(笑)それを踏まえた上で、一つ上の次元で遊んでる訳で。そう言われてしまうと、話が全部終わってしまう。ウルトラマンをどうなるかな〜ってドキドキしながら見てる子供に、

 「 ま、最後は絶対勝つけどな。」

 って言ってるようなもんでね。子供もそれは何処かで分かってるけど、今はドキドキして見てる訳で。そこを楽しまずに、まとめられても・・・ってね。時と場合を考えてほしいもの。

 あとは、誰かが落ち込んでるって時に、「 気にすんなって。」ていうのも・・・いや、気にしてるからこうなってる訳でねって(笑)気にしたくないけど、気にしてしまうから落ち込んでる訳で・・・そいつにそう言っても焼け石に水というか。そういう時は、何か気を紛らわすようなことをしてあげた方がいいんじゃないかな〜って思ってしまう。


 こうやって挙げていくとキリがなく。そんな中でも一番嫌いだったのが、
 
 「 大丈夫。」

 って言葉だった。いつだって、どうしてそんな無責任なことが言えるんだろうって思ってた。なんにも解決してないし、助言にもなってないって。何一つ根拠もなくそう言ってる自分がいい加減な奴のようで、人に対して親身になれてないような気がしてた。

 でも、サークルの後輩が僕に宛てて書いてくれたメッセージを読んで、少し考え方が変わって。
 
 「 先輩が”大丈夫”って言うと、本当に大丈夫のような気になるんです。」

 初めに読んだ時は、なんか罪悪感を感じて。絶対その時適当に言ってたよなぁ〜俺って。展示会の準備が他のチームより遅れてて、自分のチームの子達が結構不安になってたりして。でも自分の中では一応の目算は立ってて。ただ、それを言ってしまうと、せっかくの空気が壊れるなぁと思って吐いた、いい加減な言葉。

 でもそれは、誰かを安心させてた。
 その言葉を言う言わないで、状況が変わってたのかって。


 大丈夫って言う時に、たいてい根拠なんてない。
 根拠があれば、それに基づいてアドバイスしてるはずだから。
 その人が何一つ安心できる根拠がないから
 僕らは「 大丈夫。」って言うんだろう。
 それが一つの安心できる根拠になってくれれば、って。
 頼ってくれる相手に、今言える最大限の言葉。
 相手も分かってくれて、僕も分かってるから言える言葉。

 だからそう言ってる時の僕は、真剣な顔をしてるような気がする。
 じゃないとまた、いい加減な自分になってしまうから。
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