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Hello,Lyla.

I yearn for your red shoes.
Lyla,
I rub your aching foot again.
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RE:Hello,Lyla.
そろそろ、さようならしようかと思います。

今夏のバースディデザインが割と好きだったので、そのまま引き込み。

これからもお付き合い頂ける方、住所変更よろしくです。

そんな皆さんにも、アレンジメントな良き日々がありますように。

Good-Bye,Lyla.

Go to Arrangement Days.
| - | 22:49 | comments(10) | - |
高く飛ぶための試練 その182
 人が移ろい、変わっていく姿にはいつも新鮮な気持ちを覚える。
 当たり前だけど、僕が感じる時間は僕だけのものじゃなく、誰に対しても同じように流れて、同じように何かを変えていくものなんだと、改めて関心してしまう。


 「誰かと出会って、人として関係がある限り物語は続く」
 
 僕らはいつも点で物を見てしまう。その瞬間、その時間、その日。何かを選択して、いつの日か後悔したとき、まるで選択をしたその日だけが悪いように思ってしまう。その日だけが間違えたんだって。
 でも選択した日から後悔する日までには、いつも時間がある。半年なり、一年なり。人生は試験問題みたいにすぐに答えを照らせるものじゃないから。
 だから本当にその日だけが悪かったのか?と思う。それから後悔する日までの時間も良くなかったから、結果的に後悔する自分に出会う羽目になってしまったんじゃないかって。きっとその日の自分は思ったはず。こっちにして、これからも頑張ろうって。明日の自分も、明後日の自分もそれにうなずいたはず。にもかかわらず、選択の日の自分にだけ責任があるように言ってしまうのは、可哀想だ。

 だから物事は線で見るようにしようと思う。
 線路の上を走る電車ではなく、軌跡を描く帚星でありたいから。


 電車でおばあちゃんとかに席をゆずる姿を見ると、ほっこりする。きっと、ゆずった人にとっては、おばあちゃんに対してしたアクションであっても、その光景を見た僕らにも小さな幸せが届く。ゆずった人はそんなことまで考えてないだろうけど。そんな小さな幸せを飛ばせる人は素晴らしいと思う。僕にはない人柄というか、力というか。地盤が違うんだろうなって思う。だから、僕には小さな幸せを飛ばすようなことはできないかもしれないけど、何かアクセントをつけれるような人間でありたいなぁなんて思う。


 「料理に合ったお皿を探すのか、お皿に合った料理を作るのか。」

 自分にとってそれが正解ならば、多分どちらでもいい選択になると思う。ただ、僕は後者でありたい。だって作ってからお皿を探すんじゃ、せっかくの料理が冷めてしまうもの。


 「それは流されてるんじゃなくて、自分が流してる」

 動かない日々やとうとうと過ぎていく時間に、まるで自分が流されているように思ってしまうけど、実は自分が止めずに流しているからかもしれない。流れを止めるな、なんて誰も言ってない。それは自分がしてること。


 芯がブレるブレないなんてものは、どの目線で見るかだけの事だと思う。

 僕なんて、初めは紙系のデザイン、その後はWeb系プログラマーで、今はテレビ局でHPを作っている。見る人が見れば、節操のないバラバラさ加減かもしれない。
 でも、僕には「おもしろくてかっこいいものを作って飯を食っていきたい」という芯がある。「え、ほ、に、へ」とバラバラなひらがなであっても、それは五十音っていう大きなひとまとまりの集合であって。もっと言えば、アルファベット、アラビア文字、漢字・・・一見、全部違う意味を持ったものであっても、それは「文字」というひとつの集合であって。
 僕が自信を持って「ブレない」って思えるのは、そう考えてるからで。芯に強さなんていらない。大きく、幅のある、柔らかな芯を持つことが大切だと思う。


 その人はその人で在り続ける。

 人は変わるし、どんどん成長も後退もしていく。でも、その人はその人で在り続ける。良しも悪しも。変わったとしても、変わり方がその人っぽいし、成長したとしてもその人だからできた成長で。変わったつもりでも、山を登ったつもりでも、きっと人はずっと同じところにいるんだろう。遠いお空の上から見れば。
 だからといって成長しようとすることや、変わろうとすることに意味がない訳じゃない。そこに自分らしさを持って登ることが重要で。
 隣の山を登る人を見て羨ましがる必要なんてない。それはその人の場所。僕には僕の場所がある。どれひとつとっても同じ山なんてないわけだから、登り方は自分で探して決めればいい。というか、それ以外に方法はないわけだから。


 これまた久しぶりに同期と会って、ほとんど話をする時間に費やして。話の内容は学生の頃とは変わっていくけど、ノリや空気は変わらない。
 相手の話を受けて、話すこともあれば、お互いあんまり繋がらない独立した話を交互に話したり。合間合間に質問が挟まって、う〜んと頭をひねる。お互いがお互いを「変わってる」と言い張ってやまずに、そのまま次回へまた持ち越す。

 僕は明日も線を描くし、その子も線を描く。他のみんなも。
 生活にラインを引いていく。輝ける日々も、輝けない日々も。
 そしてまた、ラインが交わる。
 会って、話して、その人の歩いてきた軌跡をのぞき込む。

 どうしてか、僕にはそれが全て輝いて見える。
 それは羨ましさとか、心地の悪いものじゃなくて。

 その輝きは、僕の中にある最も純粋な輝きなのかもしれない。
| 高く飛ぶための試練 | 00:05 | comments(0) | - |
Berry Roller (21)
 ひさしぶりの声に
 うわずったり とぼけてみたり から笑いをしてみたり
 平静を保つことは 今もなお難しく
 動揺までもが電波に乗っていく
 
 でも幾分積もった砂が
 少しだけ僕を高見に連れてって
 悪い心地のしない会話になって

 単なる近況報告のやりとりが
 意地悪な探り合いや かましあいにならずに
 さらさらと砂を落としていく

 「 また機会があれば会えるといいね 」
 なんて、別れた恋人への常套句が
 嘘っぽくならずに済んだのは
 初めてかもしれない
| Berry Roller | 00:16 | comments(0) | - |
Berry Roller (20)
 いつも何処かで競争しようとしてる
 それが良いことだと思っている
 それが向上心の表れで、自分を成長させる術だと考えている
 勝つまでは休んじゃいけないんだと、鞭を打つ
 卑屈な自分やどうしようもないコンプレックスは
 勝つことで解決できると信じている
 
 でも、ふとした時に恐くなる
 それしかない人生になってしまったらどうしようって
 争うことに疲れたらどうすればいいんだろうって
 きっと別のアプローチがあるはずなのに

 それでもファイティングポーズを取ろうとする自分が
 どうしようもなく惨めに思える時がある
| Berry Roller | 23:34 | comments(0) | - |
高く飛ぶための試練 その181
 人が移ろい、変わっていく姿にはいつも新鮮な気持ちを覚える。
 当たり前だけど、僕が感じる時間は僕だけのものじゃなく、誰に対しても同じように流れて、同じように何かを変えていくものなんだと、改めて関心してしまう。

 
 価値観は価値観であって、それが全ての答えになっているものではなく。
 それはひとつの見方であって、誰かの答え。僕にとっての答えではない。昔の自分はそういうものにあまり関心を持たなかった。共感できないものを理解しても意味がないと思っていたからなのかもしれない。ひとつの読み物で、ひとつのフィクションで。部屋が寂しいからBGM代わりにテレビを付けているような、そんな流れては留まらないものだった気がする。
 でも社会人になってから、それが少し変わってきて。共感はできなくても理解はしたいと思うようになった。お愛想や社交辞令ではなく、幾分まじめに。誰かのヒストリーを感じることに揺れる心ができたのかもしれない。なすびを食べてる人に眉をひそめていた自分が、それを食べておいしそうに笑顔をこぼす姿に、自分も少し微笑んでしまう。


 自分を変えることは、簡単な気持ちの持ちようであっさりできるものなのか、それとも舞台骨から再構築する巨大なプロジェクトなのか。僕にとっての答えは後者になっている気がする。どこぞのお寺の改修工事のような、大げさで時間のかかること。何十年もの付き合いのあるこの怠け癖は、自分を変えるという事に対しても怠けようとする。
 だから強制的な方法を取る。やらなきゃならない状況に自分を追い込む。さじ加減はとても慎重に。やりすぎは体を壊してしまうことを経験したので、少しはコントロールできる。今できる最良の策はそれだと思っている。まだ若いんだから、少しくらいお尻を火傷したってすぐに治ってくれるはずだから。


 「 誰かに自分の弱さを見せることが出来ることが本当の強さ 」
 僕はそう思う。ブレず、頼らず、自分で解決していける人が強いように思えるけど、真理は違うと思う。人のエネルギー量はだいたい決まっている。自分で作り出すエネルギーがなくなってしまえば、誰かからもらわないとどうしようもなくなる。かっこ悪くても、情けなくても、惨めでも。自分の弱いところを見せて、力をもらえる人が強い人だと思う。
 僕はそれができていなくて。もちろん今も今までも色んな人に助けてもらっているけど、本当に深いところで助け合えるような二人であり得たかというと、なかなか難しくて。実はそれが何より格好が悪いことなのに。


 つり合わない二者択一をすることはやめようと思う。「仕事か家族か」とか「現実か夢か」とか。
 レストランに入れば、まず間違いなくメニューを店員さんが届けてくれる。そのメニューがあるから、僕らは料理を選べるし、迷えるし、比べることができる。結果、僕らは決断できる。
 前に進むためには、決断が必要で。その決断には選択が必要。その選択には選択肢が必要になる。僕らに手が二つあるのは、少なくとも二つの選択肢を持つことができるように、ってことだと思う。
 こうして手に取る二つは、釣り合ってないといけないと思う。仕事をしてるから家族を養えるし、家族が支えになるから仕事が出来る。現実があるから夢を抱けるし、夢があるから現実と向き合える。そんな隣り合わせな表裏一体をオセロのように扱うのは、やっぱりおかしい。僕らが手に取るのはゴルゴンゾーラのクリームソースか、オリーブオイルの海鮮パスタであるべきだと思う。どちらも捨てがたいけど。


 何を一番に大切にするかという質問には、気を付けないといけない。それは優先順位であって、唯一を決めていることじゃない。
 長いペナントレースを戦って、ジャイアンツが優勝したからといって、その他が弱かったかというとそうとは限らないもの。二位の阪神との差がたった0.5ゲームしかないのかもしれないわけだから。
 生きてる上で生まれる差なんて、ほとんどそれくらいのものだと思う。それを大きいととるか、小さいととるか。僕は小さいと思うようにする。何故かって、全部大切にしたいと思うから。


 僕は仕事や遊びや恋愛や・・・・そういう色んなレゴブロックを使って人生を制作しているんだと思っていた。様々な色の、様々な形をしたレゴで。人によって使うブロックもあれば、使わないブロックもある。それをバラバラ広げながら、形のない、人生ってものを、生活ってものを作っているんだと思ってた。
 でもひょっとすると、人生や生活ってものは、レゴで作る何かじゃなくて、そのレゴを広げているテーブルなのかもしれない。そう考えると、制作に使わないブロックも、僕の人生にはちゃんと存在してることになる。きっとそうなんだと思う。必要を感じなくても、人生の片隅で存在し続ける。今は使わなくなった青いブロックも、いつか何処かで使うかもしれない。使わなくても、ちょっと目に入るだけで、何だか幸せに、落ち着いたりできるかもしれない。そうであるなら、もっと大胆になれそうな気がして。


 久しぶりに後輩と会って、こういう事を思い出したり、初めてそう思ったり。
 割と一日中かけて人と話すもの久しぶりで、何だかのども痛くなったり。
 社会に出ると、こういう自分であっても、知らずうちに溜まっていくものもあるもんなんだなと実感したり。

 何より、時間を感じることが心地良かった。

 こうして明日も明後日もまた、みんな時間を溜めていく。
 落ちた砂の分だけ、僕らは変化する。
 そうしてふと、思い立っては誰かに会いに行く。
 そこに見えるのは、毎日見てる鏡の中の自分には映らない、
 頑張ったり、頑張らなかったりしながら過ごした時間。
 
 そんな時間を感じながら過ごす時間ほど、楽しいものはないような気がする。
| 高く飛ぶための試練 | 01:00 | comments(0) | - |
Berry Roller (19)
 一定して否定していたものが
 いつのまにやらすぐそばにある。

 鈍色にしか見えなかった光が
 今はまぶしく目を射してくる。

 易々と変わってしまうここのところの価値観に
 いつものように恐れを感じてしまうけど
 それもまた、いつかは変わっていくんだろうと
 少し漕いではオールを休める自分がいる。

 水草のみたいに、細かな先端くらいは
 流れに乗せてやってもいいのかもしれない。
 ちゃんと根を張ってると思える自分がいるのなら
 全てを固定する必要はないのかもしれない。

 やわらかに。しなやかに。ゆるやかに。
| Berry Roller | 23:52 | comments(2) | - |
高く飛ぶための試練 その180
 やっぱり、変化があるってことは素晴らしい。

 変わらないために、変わり続ける。

 変わり続ける自分を変えないために、変わり続ける。

 その変化がいいものなのか、わるいものなのか。

 結果的にはまだ分からない。

 きっとオセロのように、これからくるくる変わっていくことだろう。

 でも現時点でそれがいいものだと思うのなら、今日はそれでよし。

 明日もいいものだと思うなら、明日もよし。

 未来の自分の時間は、こんな今日の時間の積み重ねな訳だから、

 一日一日を過ごしていけば、いいだけの話で。

 うっとおしかった微分・積分も実は人生を語ってた。

 まるで計画性も実現性も感じられないものであったとしても、

 狙いと意志があるならば、そこにはちゃんと素敵な汗がある。


 早くも3速目に入ったギアボックスに嘶きを。
| 高く飛ぶための試練 | 22:37 | comments(0) | - |
Berry Roller (18)
 どうにも逃れられないものは確かにあって、
 それが良いことだろうが、悪いことだろうが
 おおよそ僕らの手の届かないところで勝手に区画整理されていく。

 ところが
 明日交通事故で死んでしまう可能性を僕は忘れてるし、
 明後日素敵なあなたと出会う可能性を僕は忘れてる。

 そうやって結構忘れてる。

 運命なんて、たかだかそんなもので。
 思ったもん勝ちだし、思ってしまったもん負け。

 どんな世界であろうとも、それを映しているのは自分の目でしかない。
| Berry Roller | 23:14 | comments(0) | - |
Berry Roller (17)
 予想問題がそのまま試験に出た時みたいに
 一瞬ふわっと膨らむ興奮と その後やけに冷静になる頭
 本気になんかしてない少し未来のグラフが
 リアルなシュミレーションとぴったり重なって

 現実を見据えるということは想像以上に困難で
 そんな状況で夢や目標を立てることはさらに困難で
 太陽のような人に近づこうと齢を重ねる度に
 僕が覗く空はだんだん狭くなっていく
 澄みきった青はどんどん色を抜かれていく

 それでもなお
 逃げ場を失う犠牲に恐怖を感じながらも
 今日もまた 僕は望遠鏡の倍率を上げる
| Berry Roller | 23:54 | comments(0) | - |
Berry Roller (16)
 秒針や長針がなくても
 時間を感じることができればいいけど
 ノロマな短針でしか
 僕らは進んだ距離を計れない

 きっと、その方が幸せだからなんだろう
| Berry Roller | 23:26 | comments(0) | - |